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僕がどうやってスタートアップ企業を立ち上げたのか

Posted by Danny Choo On 木 2015/04/02 21:58 JST In 机周り
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事務所移転から早4ヵ月。やっと五反田にある新事務所の様子の公開に漕ぎ着ける事ができました!このような事務所を構える事にずーっと憧れていました><

と、言いたいところですが、折角なので新オフィスをご紹介する前に、僕の作業場の変遷を振り返ってみたいと思います。

上の写真は2006年に撮った自宅の3階部屋です。僕はこの部屋で自分の会社の礎を築くべく、様々なコーディング作業を行いました。
ちなみに家はアマゾンで稼いだ収入とアフィリエイトで儲けた資金で購入したものですが、当時の僕は既にアマゾンを退職していてマイクロソフトで勤務していました。

アマゾンとマイクロソフトで働いていた頃は、知り合いや仲間にウェブサイト作成を希望していた人達を紹介してくれました。自分はウェブ関係の仕事をしていましたが、当初は他人のサイト作り事で儲かる訳がないと思っていました。また、僕は仕事で忙しく、満足していたのでウェブ作成のリクエストなどに興味はありませんでした。その為、依頼してきた方々には云百万を要求してあしらっていました。

しかし、驚くことに最初の依頼主は提示金額に納得。云百万を目の前に依頼を断るわけにはいかなかったので、その後数ヶ月間は早朝までプログラミングに明け暮れました。またその間、グーグル先生の助けもあってPHPプログラミングのスキルアップに成功。
ウェブサイトを一つ立ち上げただけで数百万円をゲット。これは僕が日本で始めて就いた仕事の年収に近い金額でした。それから依頼は次第に増え、本職にも影響が出始めるレベルまで達しました。

そこでまたグーグル先生の手を借り、海外デベロッパーを募集し、インド、ルーマニアとアメリカ人の開発チームを組みました。彼らとは電話、メールやメッセンジャーなどで連絡を取り合っていました。クライアントには要求した金額の半分を前払いしてもらい、それを他国のデベロッパー達の給料に回していました。本職の退勤後はクライアントとのミーティングを行い、彼らの要求とビジネスニーズを汲み取り、デベロッパー達にフィードバックを送りました。
海外スタッフを管理するのは今回が始めてで、苦い経験も色々ありました。中には途中で仕事を放棄して失踪するスタッフもいましたね(^^;;

副収入がある状況で全収入を申告するのはもってのほか。副業として会社を経営しつつ税金の還付を受ける為には経費を申告しなければなりません。そこで僕は初めての事業体として個人事業を立ち上げる事にしました。

個人事業主は収入だけではなく経費も申告できます。例えば、もし僕が自宅の25%を事務所として使っていたとしたらその分の家賃が申告可能。また、90%を仕事用として使っているネット通信の費用も経費として申告できます。
利益に対して税金を支払うので、経費を申告することによって税金を減額することができるのです。

年収が1000ドルで経費を申告しなかった場合、その収入に応じた税額を払わなければなりません。もし収入1000ドルのうち、経費を800ドルと申告すれば、支払う税金はその差し引き額200ドルに応じたものだけで済みます。

閑話休題。この頃になると僕の起業欲は確たるものになり、35歳までには会社を設立するという自己目標を立てました。個人事業が全ての始まりであり、僕たちの未来でもあったのです。故に、会社名はMirai「未来」と名付けました。

以前投稿した記事「Japan Proprietorship」では日本で個人事業を始める方法について簡単な紹介をしました。手順は殆どの国と大差ないので、年齢問わず誰でも出来ます。登録するのに費用は一切かからないので有るに越したことは無いです。
一応念を押しておきますが、個人事業は脱税の為に行うものではなく、あくまで合法的な方法で経費を申告し、収益を確保する手段です。

この写真は弊社マスコットキャラクターである「末永みらい」が誕生した2007年に撮ったものです。マックブックに表示されているサイトのヘッダーに掲載されているのが彼女です。アザミユウコ先生と一緒に末永みらいをデザインできるようワコムのタブレットも購入してました。

みらいは17歳の女子高生でその名の通り、「末永い未来」と言う意味合いで名付けました。当時はストーリーはおろか、キャラ設定すらありませんでした。2011年までは弊社サイトの単なる看板娘的な存在でした。しかし、同年にグッドスマイルカンパニーがみらいのfigmaをリリースをすると、サイトマスコットとしては考えられない程売り上げを伸ばし、彼女の扱い方を改めて考えさせられる良い機会となりました。

彼女の露出を増やす為に、僕は当時抱えていたクライアント達とのコラボを企画。その後、みらいはアニメやゲームなど、様々なメディアにカメオ出演し、更にねんどろいどヴァイスシュヴァルツとして商品化されました。最近はスクウェア・エニックスともコラボさせて頂いております

2013年末には世界中のファン達の支援を受け、みらいちゃんは日本観光庁公式のマスコットに選ばれ、翌年の夏にはマレーシア・ツーリズム公式のマスコットにも選ばれました。みらいちゃんの詳細についてはこちらをチェック

2007年には株式会社を設立する為の資金が貯まりました。日本に住んでいる外国人はセルフスポンサードビザな投資・経営ビザを取得するのに、大体500万円位の投資が必要です。安定した仕事、給料と安全地帯から身を引く事になるので、家賃や生活費など、自分と妻を暫く養う資金の貯蓄にも気を配らなければなりませんでした。

クライアントは沢山いた訳ではなく、会社の目的もはっきりしていませんでしたが、とりあえず最初はウェブコンサルティングから始めようと思っていました。
仕事はソーシャルメディアを通して知り合った国内同業者や、テクノロジー交流会などで出会った人達からお仕事を頂くようになり、中にはディズニーやコロンビア・ジャパンなどのコンサルティングもしました。

上の写真は漸くスタッフを一人雇う資金が(ギリギリですがw)貯まった2008年頃に撮ったもの。ただ、部屋には助っ人の作業スペースがなかったので、初めてオフイスを移すことに。

そしてその移転先は3階部屋より1x3メートル広い我が家の1階部屋でした^^

この写真は2008年に撮ったもの。僕が開発した独自のコンテンツ管理システム、「ミライガイア」で最初のクライアントであるグッドスマイルカンパニーのサイトを立ち上げた時期ですね。ありがたいことに、現在も同管理システムをご利用頂いています。
その後、コナミ角川セガブシロードゆずソフトを始めとする僕のクライアント達もミライガイアをご利用頂くようになりました。

これは2009年4月に撮った写真です。 部屋の中央にテーブルが二つ向き合うように配置していたので、スペースをあまり有効活用できませんでした。戸棚にはサーバーが幾つかあり、管理が物凄く厄介だった事を記憶しています。

この写真は2009年末に撮ったものです。隣にいるのはクリス。彼はイギリスからワーキングホリデイビザで来日中でした。僕はネットで彼が制作したウェブサイトをいくつか拝見し、後にカルチャージャパンナイトでお会いしました。

自分の知識や能力を実証することはキャリア開発成功へと導く鍵となります。
目に見える過去の実績は営業や就職活動などにおいて極めて重要な要素です。もしネットでクリスの実績を証明するものがなければ、僕は彼との会話に時間を費やす事は無かったでしょう。世の中には仕事を欲しがってはいるが、己の能力を実証しようと努力しない人達は山ほどいます。実証するのを怠っているのではなく、単に能力不足というケースもありますが。

僕はこのサイトやSNS(特にTwitter)でコメントして下さる方達のプロフ欄のブログリンクを見るなどして、才能ある人達を常に探しています。
就職希望先が僕の会社であれ、他社であれ、自分の能力や実績を証明できるオンラインプロフィールは必要不可欠だと思います。

クリスはテクノロジー分野に長けており、ミライガイアをPHPからルビーに移植できたのも彼のおかげです。彼が退職したのは入社5年目。妻と新しく授かった子供二人を連れ、母国のイギリスに帰りました。みらいは彼なくしてはここまで成長することは無かったと思います。僕は彼に心から感謝しています。

この写真は2011年2月に撮ったもの。丁度僕がTokyo MX TVに自分が監督・司会を務めるテレビ番組の企画を持ち掛けた時期ですね。内容は日本ポップカルチャーのみならず、日本の伝統文化の様々な側面を紹介する番組です。

Tokyo MX TVさんは僕の提案にご興味をお持ち頂きましたが、番組の制作費と放送費用をスポンサーしてくれる企業を探さなければいけませんでした。
そこで僕はクライエントであるグッドスマイルカンパニーとブシロードに企画を提案し、OKを頂き、テレビ番組「カルチャージャパン」製作開始のゴーサインが出ました。

番組製作期間中はプロダクションスタッフの方々を僕の家にお招きし、一緒に撮影や映像編集などをよくしていました。人数が増えた関係で部屋の真ん中に置いてあった机は壁際にどかし、作業用の机を追加しました。

2011年末にはAnime Fesitival Asia (AFA)でライナスという少年に出会いました。彼は自分の作品が詰まったノーパソを持ち歩きながら僕を追いかけ、インターンをしてみたいと尋ねて来たのです。

彼が見せてくれた作品は特に驚くようなものではありませんでしたが、僕をどこまで根気強くつきまとう姿には関心しました。
僕達は名刺を交換し、後程彼は僕にIllustratorで描いたみらいちゃんのイラストを送ってくれたのです。彼のベクターイラストのクオリティーに驚いた僕はSkypeチャットで彼と話しを進める事にしました。

ライナスは独学で日本語を学んでいたのである程度は話せましたが、僕が必要とする最低限の域にはまだ達していませんでした。
彼は賢そうな少年だったので、僕は彼を訓練する事を決定。正確に言えば、彼が自分自身を鍛え上げるように仕向けただけ。僕は彼にただアドバイスを与えたに過ぎません。

僕は様々な試験を課しましたが、彼は合格するだけはでなく、僕の想像を遥かに上回る成果を見せてくれました。

彼に与えた最初の試験はHTMLとCSS3を学ぶこと。僕は彼にウェブサイトのモックアップ(jpeg形式)とW3 Schoolsへのリンクを渡し、惑星ダゴバに暮らしていたグーグル先生のことも教えただけですが、彼はそれをたった3日で達成しました。

グーグル先生は僕にインターネット・グラフィックスキルなどを教えてくれたので、きっとライナスにも色々と教えてくれるだろうと期待していました。

ライナスはたった3日間でCSS(tableタグ無し)でサイトモックアップを作り上げただけでなく、僕がリクエストもしていないにも関わらず、JQueryも学び、回転するスライドショー機能も実装したのです。

第二の試験はFinal Cut Proを使った映像編集でした。僕は彼に映像を渡し、グーグル先生に助言を求めて編集するよう伝えました。彼は僕と同じく、Final Cut Proの経験が全く無い状態からのスタートだったのにも関わらず、「Final Cut Pro 使い方」と検索するだけで全て独学で学びました。

最終関門は彼が自分のMacBookにサーバーを構築し、ポートを開き、僕が日本からアクセスできるようにするという内容でした。彼はサーバー構築経験はありませんでしたが、今回のテストも同様にグーグル先生の助言のみで一晩で完成させました。

彼はクリエイティブディレクター兼COOとして入社し、弊社で3年間働いた後、早稲田大学で学業に専念する為、退職しました。ライナスは僕が今まで出会ってきた人の中で最も優秀な人材の一人。彼ならきっと弾丸をも凌ぐでしょう。

ライナスは弊社のブランド戦略を構築し、効果的に顧客基盤を広げると共に、少数精鋭で効率的に仕事を回す事も可能にしてくれました。無くすのには本当に惜しい人材でした><

この写真の撮影日は2012年3月。オフィスを再び別の場所に移している最中(今回は2階に移動)に撮ったものですね。家は隣家で囲まれており、その距離は1m以下。1階は朝しか日差しが入って来なかった為、暗くてとても寒かったのが難点です。

オフィス移動から1ヶ月後、僕ら(ライナスがデザイン担当)は「もえかな」(Moekana)と言う日本語学習グッズを製作・販売しました。ひらがなが一枚づつ書かれた同商品はかなりの反響を呼び、第二弾である「もえかな2ndエディション」「もえ漢字」もリリースしました。これらの商品の売り上げで会社のキャッシュフローは増え、次期主力商品のプロトタイプの作成に取り掛かる事が出来ました。

この写真は2012年12月頃、3Dプリンターで出力されたプロトタイプのパーツを僕が2階で組み立てている時に撮ったものです。僕らの会社の全てを変えた商品はこのプロトタイプから始まりました。

僕が独自のファッションドールを作りたいと思い始めたのは2010年。それから二年間、商品開発の協力者を探したものの誰一人見つからず、最終的には手持ちのリソースと3Dラピッドプロトタイピング技術を活用して自分で60cmドール製作に取り組む事にしました。商品名は「スマートドール」
スマートドールに関する製造工程(射出成形、電鋳なと)や僕が関連ベンダーと一緒にやっている仕事の詳細はsmartdoll.jpにてご覧下さい。独自の商品開発を始めたい方にとっては有用かもしれません。

2014年4月、スタッフが結構増え始めた2階のオフィスエリアにて。
僕は全財産をスマートドールに注ぎ込みました。このプロジェクトが成功することは確信していましたが、売り上げがどれだけ伸びるかはわかりませんでした。

この頃の僕は生産と商品開発の二つを掛け持ちしなければならず、作業場が狭くて散らかりがちでした。机に置いてある白い箱はスマートドールの外皮のバリ切りと組み立て時に使うヒートボックスです。

1階はドールスタジオへと化し、ここでスマートドールの生産が始まりました。
机はIKEA製。イベントの展示で必要だったので、梱包用ダンボールは暫くそのまま付けた状態で使っていました。

そのイベント名は「ワンダーフェスティバル」。僕らにとっては今回が初参加でした。

ワンフェス出展者は開催半年前からブースを事前予約する必要がありました。当初はスマートドール販売が開催日までに間に合うという算段で動いていたので、ブース代 (5.5 m x 4.5 mで25万円)は先行投資として十分価値あるものだと考えていました。

しかし、ホビー商品を造るのは今回が初めてだった事もあって予想以上に時間が掛かり、商品リリースは数ヶ月間遅れ、ワンフェスに間に合わなくなる結果になってしまいました。

ちなみにこの25万円は設営費抜きで場所代のみ。見積もってもらった簡単なレイアウトでも価格は100万円。ほんの数時間 (午前11時~午後5時)で終わってしまうショーにはとても投資できない額でした。

そこで僕らはコスト削減の為にIKEA製家具とオフィスにあった手持ちの物でブースを用意できないかと模索。結果、必要経費は10万円にまで抑え、イベント用に調達した家具をオフィスで再利用する事も出来ました。他の大手企業は物販で費用を回収できるのでイベント終了後はブースを取り壊します。

ブース出展は単なるコスト回収だけではなく、マーケティング活動の貴重な機会でもあったので投資に見合う価値は十分あったと思っています。

記録的な豪雪の中でオフィス半分をイベント会場まで搬入するのは苦難の連続でしたけどね^^; 詳細はこちらの記事をご覧ください。

これは2014年3月に撮った写真です。プロダクションスタジオはぱんぱん状態でしたが、スマートドールに必要なパーツやアクセサリーの生産ラインは殆ど完備。この段階では製品の徹底的なテストを行い、生産フローを最適化する方法を試行錯誤していました。

限られたスペースでの作業は困難を極めましたが、スペース・ストレージの最適化と「あるものでなんとかする」事について色々学ぶことができました。

以下動画は僕がスマートドールプロダクションスタジオのスペースを可能な限り広くしようと奮闘している様子です。

生産ラインという事でテーブルは元々「T」型に配置されていましたが、デッドスペースが目立ち、あまり実用的ではありませんでした。なので以前のようにテーブルを壁際に配置し、部屋中央を空けましたが、膨大なパーツ量でこのようにいつも部屋が窮屈でした><

風呂場はご覧のようにスマートドールのパーツとアクセサリーの倉庫になりました。

次第に玄関も倉庫として使うようになり...

そして僕らの寝室も倉庫兼梱包作業部屋に。

ここでダンボールの組み立てと梱包を行っていました。夏が到来すると、僕は熱が在庫に害を及ぼすのではないかと心配し始めました。日本の夏は特に蒸し暑いので厄介なところです。

自宅のエアコンは家庭用だったので、部屋に何人か居ると冷却が追いつかなくなるのです><

開発から約一年半。弊社マスコットキャラの末永みらいをモデルにした最初のスマートドール001の販売が満を持して開始しました!みらいちゃんの需要は僕の予想を遥かに上回っていました。

作業スペースを広げられないまま自宅で作業を続けていましたが、需要が高いうちに生産ラインを拡張する事も急務でした。安定した収入が入り、新しい事務所の確保は少しづつ近付いてきましたが、今は我慢してあるだけのスペースで作業を続けるしかありませんでした。

賃貸事務所は賃貸住宅アパートとは少し事情が異なります。僕らの場合、月80万円の家賃を6ヶ月分大家さんに先払いする必要がありました。

2014年7月、作業場は更に窮屈になり、気温も上昇してきた為、生産が困難になってきました。僕はあるものだけで作業をこなすことをモットーにしていましたが、スペースの工夫にもいよいよ限界が訪れ、物理的にスタッフが増やせない状態になりました。

当時は保管スペースが殆ど無かった為、大量の商品を一斉に出荷するのが厳しく、注文を小分けにして何回も出荷しなければなりませんでした。

スマートドールの販売を開始して間もない頃は、衣装セット済みのみらいちゃんを縦長のクリアケースに入れて出荷していました。僕としては既存のドールユーザーのみならず、一般層にも行き渡る商品にしたかったので理想的な仕様だと思っていました。
衣装セット済みの状態で販売すれば、新規のお客様もみらいちゃんの姿と彼女のスマートさをケース越しで確認する事ができます^^

しかし、このクリアケースは実用性に欠けていました。日本国内へ出荷したスマートドールは何の問題も無くお客様の元へ届けられましたが、海外に渡ったスマートドール達はまるでゾンビのような悲惨な状態で送り届けられたみたいです ><

このような事故は実際にやって見なければわからなかったので、僕らにとってはいい勉強になったと思います。現在は初期型の縦長クリアケースを使うのを中止し、発送により適した次世代型のパッケージングを使っています。

2013年10月、僕は三階建ての自宅を全面的にオフィス化した為、妻と一緒に別の場所に引越ししました。これも全てビジネスを成長させる為に選んだ苦渋の選択でした。
スタッフを毎日自宅で仕事させている状況では生活しづらく、朝昼晩自宅に篭り続けながら仕事するのは精神衛生上良くありませんでした。

近所に仮アパートを借りる事でプライバシーを確保し、仕事空間から離れる事が出来ましたが、アパートは狭くて窮屈だった為、とても快適とは言えませんでした。

世の中には宿無しの生活を送っている人々もいるので、わがままかもしれませんが、これが逆にアパートから一刻も早く出ようとするモチベアップに繋がりました。

新居はアットホーム感がまったく無かったので、室内のデコレーションは放置。壁はとても薄かったので、近所の方々に迷惑をかけないようテレビを見る際はヘッドホンを着用しなければなりませんでした。

キッチンは特に狭かったですToT
妻にはスマートドールプロジェクトは必ず成功させ、資金が入り次第オフィスを新しい場所に移し、元の家に戻れるようになると約束。
僕たちがアパートに移った日には妻に一年以内にここから出ることを約束しました。

2014年7月、弊社の新オフィスにて。事務所の6ヶ月分の家賃(+2ヶ月分)を払えるだけの収入をドールの売り上げでやっと集めることが出来ました。

五反田にあるこのオフィスは僕のとても素晴らしい妻が見つけてくれました^o^

写真では笑顔で写っていますが、オフィス探しは困難の連続でした。残念なことに、いくら貸し出しに必要な資金があったとしても、日本の大家さんの多くは外国人に物件を貸し出すことに抵抗があるのです。

僕は過去の経験から、いつも不動産屋さんに大家さんが外国人に物件の貸し出しに抵抗はあるか必ず聞くようにしています。これは断られた時のショックを避ける為です。ただ、確認したのにもかかわらず、下見をした「後」に外国人である事を理由に断られた事が数回ありました。

断られた理由は外人以外にもありました。僕は他の社員達と同じように給料をもらっていましたが、給料が一番低かったので、Mirai株式会社の所有者であっても信用を得られませんでした。
自分の給料を一番低く設定しているのは会社が苦しむ事を引き換えに、ご褒美をたっぷり貰っても意味が無いからです。

事務所に申し込む時に月々の家賃が収入よりも高かったので、会社が安定した収入を得ていることを証明できても、家賃を払うのは無理なのではないかと疑問を投げつけられました。

更に大家さん達は会社の去年の収益の開示を求めましたが、スマートドールの開発にほとんど使い果たしてしまったので証明できたのは会社が赤字だったという事実だけでした。

僕は何度も門前払され、終いには鬱になりました。でも、たまに落ち込むのは決して悪いことではありません。鬱々とした気分をずっと貯め続けている方がもっと不健康ですからね。

涙を拭いてから5分後、僕は再び立ち上がり、成し遂げる覚悟が一層強まりました。

2014年は僕らにとって様々なマイルストーンを迎えた年でした。スマートドールの販売、そしてちゃんとした事務所(自宅の1-3階ではなく)への移動が一番大きな成果だったと思います。

上の写真は事務所移転の様子です。IKEAの収納ケースは本当に何にでも使えるので、個人的には大発明だと思っています。

2014年8月6日、弊社は新しい事務所へ引っ越しました。通常の引越し業者さんの平均の見積もりはトラック1台に作業員2人で大体20万円くらいでかなり高値。そこで他の業者をググってみたところ、3トントラック一台と運転手一人を含めて料金がたった3万円だったフクトラ便を発見。安い理由は運転手さんの業務内容がトラックに積まれた荷物の位置調整とトラックの運転だけだったからです。荷物の運搬作業は僕らがやりました。

荷物が沢山あったので全て運ぶのに2往復しなければなりませんでした。

家具の配置はあまり気にしていませんでした。オフィスで作業を始めて問題点が判明しない限り最適なレイアウトがわからなかったので、最初は荷物や家具は適当な位置に置きました。

殆どの荷物を新しいオフィスに移動し終えたので少し休憩を取りました。緑色の短パンを履いている男性はアメリカから来たトーマスです。彼は僕が引越しの手伝いの募集をツイッターで呼びかけたところ手伝いに来てくれました。

彼はRuby on Railsや様々なプログラミング言語が得意だったので、今現在は弊社のCTOとしてフルタイムで働いています。

アパート生活開始から一年も経たないうちに、我が家に戻ることが出来ました。

元の家に引っ越す前に家中大掃除をしました。

住んでいたアパートは元の家から歩ける距離にあったので、荷物は全て台車を使って移動しました。戻ることが出来て本当に嬉しかったです ><

旧オフィスから新オフィスに荷物や家具を全て移動してもスペースにかなり余裕がありました。

移動してから一日が経ち、すぐさまスマートドールの生産に取り込みました。

僕の机の初期位置はここでした。

ここはスタッフ達がゆっくり出来るラウンジエリアにしたかったので、作業机は一切置きませんでした。

2014年8月、この時点で弊社にはスタッフが合計6名いました。

IKEAに何度か行ってテーブルや収納箱を追加購入。

これでようやくちゃんとした玄関にちゃんとした表札が貼ってあるちゃんとした会社になったのです!僕らは再びスタートアップモードに戻りました。僕の優先事項は新オフィス維持費の資金源を確保する為にスマートドールの注文が安定して入るようにし、スマートドールをより多く供給する為生産ラインを拡張することです。

新オフィスは凄く快適!これぐらいの広さがあれば、以前のようにクライアントやベンダーさん達に床に座らせることなく、ちゃんとしたミーティングができます。

また、新オフィスはミニCJ Nightを開催できるくらいの広さがあるので、これからは開催日が近くなったらツイッターでお知らせします
オフィスの床は地味な灰色のタイル型カーペットだったので、少しだけでも雰囲気を明るくするためにオレンジ色のタイルを加えました。

10月の始め頃にはスタッフ数が(僕と妻と海外にいるスタッフ一人を加えて)合計10人に増えました。

新オフィスの家具や機材の適切な配置が大体分かってきた頃の写真です。最初のレイアウトでは机が内側に向いていて、スペースが徐々に狭くなっていったので模様替えを決定。

模様替えの最中の写真。机を壁側にどかすことによって驚く程広さが増しました。

10月始め頃の模様替えで決まった新しいレイアウトは今現在のとほぼ同じです。

そしてこちらが僕の作業場です。左側の机が工作用で右側がパソコン用です。

天井の明かりは勤務時間中は常時点けてありますが、僕はこのように消してある方が好み。時折、机の上の照明を消したくなりますが、スイッチ一つで全照明が一括管理されているので現在はどうしようもありません。簡単に蛍光灯を取り外す方法を探るか、何かで覆うしかないみたいですね。

天井の照明を全部点けるとこんな感じです。時刻が夜の6:30であることにご注目ください。日本企業の多くは社員達が終電前まで帰り辛い雰囲気を漂わせますが、弊社は社員が休養・スキルアップに必要とするプライベート時間がどれだけ重要か理解しているので、急用が無い限り午後6時には全員帰らせています。

6時までには帰らなければならない状況を作る事で、僕らは時間をより意識するようになり、仕事への集中力が高まった気がします。僕自身は少し遅くまで会社に残りますが。

6時定時は、社員達が限られた時間の中で仕事をしなければならないという事を僕に意識させ、弊社にとって何が重要なのか優先順位を付けやすくなりました。
多くの企業はオフィスに残っているスタッフたちに無意味な仕事ばかり与えている印象を受けます。

関連した話で安倍総理は終電を廃止し、一晩中運行し続ける電車システムを検討されていましたね。これに対し、車両や線路の点検時間が足りなくなるのでは、という懸念の声が上がりました。ただ、これが懸念される本当の理由はおそらく従業者の家に帰る言い訳が無くなり、過労死が増えてしまうからです。

晴々な朝に撮ったラウンジの写真です。

角にある青い時計の下はお菓子や飲み物が保管されているキッチンエリアです。

広さは十分あったので、ようやく長年に渡って欲しかったdetolfの棚を置くことが出来ました^o^
中にはみらいちゃんグッズがあります。

ラウンジエリアはなるべく作業場として使いたくないですが、会社も成長しつつあるので、ここもいずれは作業場化すると思います。

IKEAのKallax棚は読み物やスマートドールの展示台として使ってます。
このオフィスの利点は様々なセキュリティーセンサー、ナイトビジョンカメラ、圧力パッド等ALSOKさんの防犯システムが勢揃いなところです。これがあれば弊社に何度も仕事や宿泊のことで尋ねてくる人達も追い払えるでしょう...

かなり遅れてしまったカルチャージャパン シーズン3も近々撮影していく予定です。このラウンジエリアはスタジオとして使う予定です。

ここに並んでいる机は運営管理、プログラミングとデザイン用の作業場です。

ここでスマートドールが組み立てられていきます。ドールの骨格や外皮は山形の新庄市と東京の葛飾区にある工場から送られてきます。その後に徹底的な検品を行い、本体を組み立てて、ここから出荷しています。

僕の机からの視点。

こちらはオフィスの隅に置いてある在庫コーナーからの視点です。オフィスについての詳しい内容は次回の記事に書きます。

僕が会社を始めた自宅3階は、今やみらいちゃんときずなちゃんに見守られる作業場となりました。

僕は起業してから、クライアント達のオフィスを訪れる度に凄く嫉妬していたのを覚えています。大きなオフィスで社員全員が共通の目的に向かって作業を進めていく光景を目にした僕は彼らがとても羨ましかったです。特に羨ましかったのがクアラルンプールにあるComic Fiestaさんのスタイリッシュなオフィスです。

僕の会社は今まで何とかやっていけるくらいの収益しか無かったので、キャッシュフローが少なく、急成長するのに困難な状態が長く続いていました。しかし、僕は誰からの投資を受け取ることも望んでいませんでした。スポーツカーや高級マンションを買うためにこの会社を設立したわけではないからです。

投資家は会社の持ち主の出口戦略(会社を売却するか、新たに株式を公開する(IPO))を理解した上で投資します。僕はどの選択肢にも興味がなく、アラフォーになってやっとここまで築き上げた会社を売るつもりは全くありませんでした。

僕が会社を設立したもう一つの理由は起業経験のある他の社長さんたちと同じ。他人の言う事を聞かないで済むからです^^

Amazonはウェブサイト開発のテクノロジー部門の管理を任せる為に僕を雇いました。給料はしっかり貰っていたので、僕は当然のように従って働き、何の不満もありませんでした。
他人の言う事を聞くのが嫌な訳ではありません。僕はただ自分で何かを生み出したく、人の下で働きながらそれを実行するのが難しかっただけです。

投資を受けると言う事は投資家の言いなりになり、サラリーマン時代に逆戻りする事と同義。お金に対するプレッシャーに押しつぶされながら生きるのはまっぴら御免でした。お金を渡し、何の文句も言わずに好きなことさせる投資家は、世の中にはそうそういないと思います。いや待てよ、KickStarterやIndiegogoがいたではないか!^^

他人の為に働くのは悪いという訳ではありません。寧ろ働く経験を積むことは大事だと思います。僕も実際大手企業で働いていた時代(特にAmazon)は技能を鍛え、人生でやりたい事を見つけ、沢山学ばせていただきました。

僕の会社のスタッフ達に関しても、皆がいつまでも僕の下で働くことはないと思います。僕が途中で違う道を進んだように、彼らもいずれは自分が本当にやりたいことを見つけて別の道を歩む事でしょう。しかし、彼らがMiraiに勤めている間は成長する土台と環境を与えて、多くの消費者に影響を与えるクールな仕事ができるようになって欲しいと思っています。

僕は今もっている自由を得るために犠牲にしなければならなかった物がありました。それは僕の生命維持装置を切断することです。普通の人は安定した収入を切り離したりはしません。何故ならお金があれば人間が生きていく上で必要な基本的ニーズ(衣食住)を賄えるからです。

しかし、この先自分のキャリアを形成したい方に言えるアドバイスが一つあるとしたら、それは自分がもし仕事か全てを失うようなことがあっても全部やり直せるよう備える事です。
これはオフサイトバックアップのみならず、グーグル先生で技術を習得したり、あなたの技術を必要としている人達との繋がりを大事にする事も含まれます。

起業は見通しの立たない、わくわくする船旅のような感覚でした。旅の途中で嵐に遭遇するかもしれませんが、たとえ船が沈没したとしても新たな船を作り上げる事ができます。それはもちろん僕が何本か木が生えている無人島(グーグル)に辿り着けることが前提ですけどね^^;

以下はスマートドール記事でも紹介しましたが、会社の立ち上げとスマートドール製作で学んだ教訓を皆さんにも知って頂きたいので再び紹介させていただきます。

心配事

多くの人は、ある物事の心配をしていると、自分が問題解決に向けて何か努力しているという錯覚を覚えますが、実際は無駄に不安がっているだけで時間の無駄です。
反響が予測出来ないデザイン案(例えばフレームや外皮)の決定は、今後のスケジュールやお金に深く関わってきます。人はお金や時間に対して保守的なので、判断が正しかったか不安になります。

ただ、下す判断全てが今後の進展に直結するという心構えでいれば、例え予想通りの結果が望めなくともより早く物事を決断できるようになります。

決断に迷い、不安がりながら立ち止まっていては何も進みません。そういった時は目標に向かって走り続けられるよう、一先ず何か適当に決めればいいのです。

心配事に関してもう一つ言える事は、そのおよそ95%は実際には起こらない出来事ばかり、という事です。いくら心配しても時間の無駄。
過去に抱えていた心配事を10個思い出してみて下さい。脳内で一生懸命解決シナリオを想像していたものの、その大半は杞憂に終わったものだと思います。

天候、ロンドン市内のバス事情など、自分の力ではどうにもならない事柄もあります。予測が付かない時は流れに身を任せるのみ!生まれてから全て分かり切っていたら人生はサプライズや教訓も無く、退屈なものになるでしょう。

心配は悪い事ばかりではありません。心配を行動に移し、物事を改善に向かわせる生産的な心配事もあります。「出荷に使われている外箱の強度が心配だ。両面段ボールを使おう。」もその一例です。

より良い方法

自分自身のワークフローには常に「もっと良い方法が『絶対』にある筈だ」、と疑問を抱く事が大切です。非効率なワークフローは放っておくとやがて足枷になり、目標達成への弊害になりかねません。

機能しているから平気、とは思わず常に改善に務めるのが肝要です。

タイミング

多くの人は何かをするのが「簡単」になる「タイミング」を窺いますが、実際はそんなものはありません。引っ越し、転職、出産、結婚や人生をかけたプロジェクトにも良いタイミング等はありません。

人生で何か成し遂げたい事があれば、今すぐ取り掛かるべきです。来週、来月や「新年の抱負」を作る新年等はもってのほか。新年の抱負は物事を来年まで先延ばしにする為の言い訳です。ある目標を抱負にする為、新年まで待つのであれば、その目標は大して重要ではなく、再び先延ばしされるのがオチです。

人生をかけたプロジェクトとはその名の通り、自分自身にとって最も重要な事柄でなければなりません。そうでなければそのプロジェクトは何の価値もなく、目標を達成する事はないでしょう。

復讐

プロジェクトは規模を増すにつれ、関わる人達も増えていき、中には裏切る者も出て来ます。

スマートドールプロジェクトでも数回裏切りを経験しました。報復したい衝動に駆られましたが、復讐心に取り憑かれると、報復自体を優先するようになり、やがて本来の目標を見失ってしまうのでグッと堪えました。騙された上、目標も諦めてしまっては裏切り者が喜ぶだけです。重要なのは仕返しに時間やリソースを割かず、前に進む事です。

裏切りによって産まれた怒りは目標を早急に達成する意欲へと変えた方が利口です。裏切り者は裏切り後も自分の進捗を逐一チェックしている場合が多いので、目標を達成した姿を見せ付ける事が出来れば、彼らに大恥をかかせて壊滅的打撃を与える事が出来ます。

これはネットやリアルにおける荒らしにも同じ事が言えます。僕は最近に至っては何をやってもアンチが付きますが、彼らが周囲の注目を集めたいが為に、ありもしない悪意のある噂を流さない限り、気に留めようとは思いません。
ただ、先程も触れたように、アンチに構ったとしても自分が貴重な時間を失う上、彼らに達成感を与えるだけなので何の特にもなりません。

アンチがアンチである理由は、彼らがリアルで何かを成し遂げる能力を欠き、その代わりに対象の注目を集め、達成感を得たいからです。

アンチは無視し、怒りに任せて後から後悔するような無計画な反撃に出ず、引き続き目標に向かって元気に過ごすのがベストです。

アンチは粘着質で、対象を一歩一歩監視しているので、いずれ成功するところを彼らに見せつけてやれば計画的、且つ、致命的な反撃が成功します。アンチは対象が成功し、前進する姿がとにかく嫌いなのです。

僕のアンチには知って貰いたいのですが、僕は目標を達成する度、こんな顔をしながらアンチの皆さんの事を思い浮かべています。
僕にとっては良い意味で不思議なくらい効き目があるので、どうぞアンチ活動を引き続きよろしくお願いします。

泣き言

これは以前僕もよくやっていましたが、人々は様々なことに対して泣き言に時間を費やしています。これはただの時間の無駄で、企画にあてるべき時間とやる気が失われるだけです。僕が思うに第三世界の一部の人々が直面する問題に比べたら、僕らの悩みなんて屁でもないです。

犠牲

目標達成には犠牲を伴います。目標は大きければ大きい程、大きな犠牲を払わなければなりません。手に入れられるのはどっちかひとつだけです。

個人事業主になれば、好きな仕事が好きな時に出来、自由時間が増えるという都市伝説がありますが、これ程デタラメな話しはそうそうないですね。

個人事業主になれば、給料は不安定になり、収入を常に心配しながら収入を得る為の仕事をこなさなければなりません。よって自由時間は減り、以下のいずれかを選ばなければなりません:-

#会社を経営/成長させる
#家族と一緒に時間を過ごす
#健康を気遣う時間を作る

目標を達成する為に何かを犠牲にする覚悟がない、或はその覚悟が中途半端だったら目標達成への道程は相当長くなるか、全く達成出来ずに終わってしまう可能性があります。

グーグル先生は友達

スキルアップの為に時間を割く事も極めて重要です。イギリスで育っていた頃、インターネットが無くて、何かを学びたければ、図書館を訪れるか、ビデオテープを借りるか、他人に聞くか、運良くテレビ番組で取り上げられる事を祈るしかありませんでした。しかし、グーグル先生がいる今日では、勉強をしない言い訳なんてありません。

グーグル先生にはPHP、MYSQL、CSS等のプログラミング、3D Max、Photoshop、 Fireworks等のグラフィックソフトウェアのみならず、ソフビパーツ製作やスマートドール製作において必要な知識を全て学びました。

限られたリソースでここまで事業を拡大出来たのは仕事の殆どを僕一人でこなせたからです。グーグル先生から学んだプログラミングやグラフィックソフトウェアはウェブサイト作成やウェブコンサルティングでも大活躍。

ぬるま湯

「ハードワーク(重労働)」の定義は人によって異なりますが、僕の場合は:-

人の限度を越えた労力を必要とする仕事です。人は生まれながらにしてエネルギーを貯蔵するようプログラムされているので、労力とエネルギーを要する困難なタスクは避ける傾向にあります。

エネルギーには精神的、そして物質的エネルギーの二種類があります。精神的なハードワークは気難しい人/荒らしへの対処、上司や締め切り等のプレッシャーを抱えながら働く事、状況がはっきりしない中で働く事や人間の基本的な欲求を脅かす決断に迫られる状況等が挙げられます。これらの事柄はエネルギーを要する為、普通は避けたがるものです。

一方、物理的なハードワークは休憩/睡眠/食事抜きの長時間労働(+持病)、体を酷使する作業、単純作業や飛行機で異なるタイムゾーンを頻繁に跨ぐ事等があります。

人は意識的にハードワークを避けている訳ではなく、効率良く生きる本能がインプットされているからです。故に、人はハードワークを無駄な労力を消費する非効率な事柄と認識し、この無意識的な効率化によって段々とぬるま湯に浸っていくのです。人間の基本的欲求を満たし、過度な負担を掛けずに効率良く過ごせる居心地の良い仕事も一種のぬるま湯です。

ただ、全く救いが無い訳ではありません。人は自身の本能に疑問を抱き始めれば、ハードワークは報われるものだと意識を改革する事が出来るようになります。第一歩は先ずぬるま湯から脱却する事です。

オフィスにいるスマートドール001末永みらいと002夢乃きずなです。僕たちの全てを変えてくれたこの二人の少女達は誇りに思っています。これからスマートドールをグローバルなホビー・ファッションブランドへと発展させていく事が楽しみです!
スマートドールの詳細と(購入方法も)smartdoll.jpをご覧ください。

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